2019-01-01から1年間の記事一覧
摂津本山駅 私の旧国名の付く駅を訪ねる旅の最後になったのは私の生まれ故郷である神戸にある摂津本山駅であった。前回の駿河小山駅から5年近くの歳月が流れていた。もっと早くこの駅を訪ねて、私の旧国名の付く駅を訪ねる旅を完結させたかったのだが、私に…
駿河小山駅 この駅は以前に1度訪れている。しかしその時は、旧国名の付く駅を訪ねる旅を始める前であったので写真を撮ることはしなかった。そのため写真を撮るためにこの日、再度訪れた。天気は良かったが寒い日で線路わきにうっすらと積雪が残っていた。 こ…
豊前川崎駅 前日の夜は久留米で泊まった。この日は久大本線の列車で夜明駅まで行き、日田彦山線の列車に乗り換えた。添田駅でおりて目的地の豊前川崎駅を目指し歩いた。添田駅の構内は広く閑散としていた。この時には、北海道の美幸線と並んで日本一の赤字ロ…
筑後若津駅 筑前宮田駅から列車を乗り継いで佐賀線の起点である瀬高駅から佐賀行の列車に乗った。時刻はすでに17時前であったような記憶がある。しかしどうしても1駅歩きたかったので、私は筑後大川駅でおりてこの駅を目指して歩いた。少し速足で歩いたが、…
筑前宮田駅 この当時、東京本社での仕事はハードで毎日深夜までの勤務が続いていた。私は体調がすぐれず、尿に血が混じるようになった。前から気にはなっていたのだが、一度、腎臓の組織検査をするために私は休暇をとって神戸の実家の近くの病院に入院するこ…
相模金子駅 この日は新宿から小田急線に乗って新松田駅まで行き、そこから目的地の御殿場線の相模金子駅まで歩いた。約2㎞を歩いたが、沿線の風景等ほとんど覚えていない。30分ほどで到着した相模金子駅は、一面ホームにさび付いた駅名標があるだけの簡素な…
信濃浅野駅 初めて乗る飯山線であったがあまり車窓風景を覚えていない。ただし、途中の森宮野原駅は、1945年2月に国鉄の駅での最高積雪量(7m85㎝)を記録していることは知っていたので興味深かったこともあり、この駅に着いたときには周りを注意深く観察し…
肥前山口駅 宮原線に乗った翌日に訪れているが、前日どこに泊まったのかも覚えていない。駅のホームで撮影しただけで下車した記憶はない。 (肥前山口駅に停車中の特急「かもめ」) (1983年5月1日撮影)
肥後小国駅 宮原線は予想以上に良い路線だった。同行者は同じ歳のH君。途中、宝泉寺駅で下車し、近くにある温泉に入り、沿線をできる限り歩いた。麻生釣駅は高原の開放的な無人駅だった。宮原線の全線(26㎞)の約半分を歩いたので、終点の肥後小国駅に着い…
豊後中村駅 ゴールデンウィークの休日を利用して、九州へ旅をした。同行者は同じ歳のH君。早朝の豊後中村駅で撮影しているが、大阪からこの駅までどのような経路で来たのかは覚えていない。寝台列車に乗ったはずであるが列車名も記憶にない。豊後中村駅は晴…
長門湯本駅 両親と私の3人で山口に旅をした。久しぶりの家族旅行であった。中国自動車道を父と私が運転を交替しながら行った。秋芳洞をみてから、その日の宿泊地の湯本温泉に向かった。美祢線には乗れなかったが、旅館の窓から2輌編成の気動車が走っている…
下野花岡駅 東京本社に転勤になって最初に行ったのが烏山線の下野花岡駅だった。宇都宮駅で電車を乗り換えると、地元の高校生が大勢乗っていた。彼らの話し声のイントネーションは独特のものであった。私は遠くに来たことを実感した。距離的には東北や九州の…
能登中島駅 東京本社に転勤が決まり、私の送別会の意味も込めて、同僚のN君と能登へ旅をした。今回もいつものように「青春18きっぷ」の旅であった。大阪から輪島まで普通列車を乗り継いで行った。いつも以上におしりが痛くなった記憶があるが、いままでの「…
羽後本荘駅 11月の3連休を利用して東北への旅に出た。大阪から新潟行きの特急「雷鳥」に乗り、新潟から秋田行の特急「いなほ」に乗り換えた。「いなほ」の車窓からみえる日本海の夕景が美しかったのは覚えている。しかし目的地の羽後本荘駅に着いたときはあ…
周防花岡駅 前年に続いてこの年も正月に旅に出た。岩国駅から岩徳線に入り、周防久保駅でおりて歩き始めた。何の変哲もない冬の田舎道を歩いた印象しかない。この日の夜は下関で泊まった。そして翌日は山陰線の列車で米子まで行き、伯備線で岡山にぬけた記憶…
大和新庄駅 この日は残業が続いた週末の休日だった。疲れていたのでどこにも出かけるつもりはなかったが、たまたま聴いていたラジオが大和路の秋の魅力を伝える番組を実況中継で流していた。この放送を聴いているうちに、大和路の秋の風景をみてみたいとの思…
越中国分駅 前日、富山に泊まった流れで氷見線に乗った。越中国分駅で同行者のN君に写真を撮ってもらった。ホームは吹きさらしで、やたらと風がきつかった記憶がある。その後、次の雨晴駅まで歩いた。私の歩く旅のことを知らなかったN君は少し迷惑そうな表…
飛騨小坂駅 会社の同僚のN君と「青春18きっぷ」を使って1泊2日の旅をした。大阪駅から東海道線の普通列車を乗り継いで、岐阜駅から高山線に入った。普通列車の窓からみえる飛騨川の景色は美しかった。高山線には「飛騨金山」、「飛騨萩原」、「飛騨宮田」、…
伊豆北川駅 「伊豆」を冠する駅はいくつかあったが、国鉄では伊東線に伊豆多賀駅があるだけだった。当初はこの駅にしようと考えていたが、もう少し伊豆半島を南下してみたかったので、伊豆急行線の伊豆北川駅を選んだ。ひとつ手前の伊豆大川駅でおりて歩いた…
河内磐船駅→山城青谷駅 この当時、大阪の独身寮に入っていた私であったが、年の瀬も迫った師走の休日に急に思い立って出かけた。当時、片町線は長尾駅までしか電化されておらず、長尾駅でディーゼルカーに乗り換えた。しかもこのディーゼルカーはたったの1輌…
備中高松駅 この日は暑くて体調もあまり良くなかった記憶がある。岡山で吉備線に乗り換えて、この駅で写真を撮っただけの旅になってしまったが、最上稲荷の大きな鳥居があったのは印象に残っている。 (最上稲荷の大鳥居) (備中高松駅ホームに停車中の列車…
下総豊里駅 東京本社で研修があった。研修の前日が休日であったので、大阪の独身寮からの移動日を利用してこの駅への旅をした。成田線の下総橘駅でおりて歩き始めた。冬枯れの荒涼とした田舎道が続いていたくらいしか記憶にないが、家並みの屋根の向こうに利…
若狭高浜駅 前日に福井に泊まった流れで小浜線に乗った。一つ手前の若狭和田駅からこの駅を目指して歩いた。同行者のH君も私に付き合って歩いてくれた。途中の風景はほとんど覚えていないが、やたらと蒸し暑い日であった記憶がある。 小浜線はその後電化さ…
越前花堂駅 この旅は越美南線の美濃白鳥駅からバスで九頭竜湖へ向かうルートから始まった。同行者は同じ歳のH君。九頭竜湖でバスをおりて、人並みに「観光」をして越美北線の九頭竜湖駅に向かって歩き出したのであるが、途中でものすごい雷雨に襲われ、国道…
丹波大山駅 のどかな春の休日だった。父の運転する車で篠山へドライブした帰りにこの駅を訪れた。何もない無人駅だった。あたたかな春の昼下がり、少しけだるい陽気の中、時間がゆっくりとながれていた。今となっては父と共有した貴重な時間であったように思…
近江塩津駅 夏の休日を利用して訪れた。一つ手前の余呉駅でおりて、歩いて近江塩津駅を目指そうとしたが道がなく、諦めて余呉駅にもどり電車で到着した。初夏の湖北の青空がまぶしかったのは今でも記憶に残っている。 この日の夜は、私の従弟が勤務する会社…
因幡船岡駅 夜明けの伯耆大山駅から若桜線に乗るために、鳥取方面行の列車に乗ったが、この列車はディーゼル機関車がけん引する旧型客車をつないだ編成であった。前夜の急行「だいせん」と違って空いており、4人掛けのボックスシートをひとりで占領して、早…
伯耆大山駅 仕事を終えた金曜日に、大阪駅発の夜行急行「だいせん」で鳥取県への旅にでた。同行者は同じ歳のH君。私もH君もまだ社会人になって2年めということもあり、趣味の鉄道旅行にかけるお金にも限度があるため、寝台車ではなく座席車両に乗った。こ…
土佐昭和駅 伊予平野駅を訪れた翌日、宇和島から予土線の列車に乗った。どうしても1駅歩きたかった私は、同行者のAさんと一旦別れて、十川駅でおりて次の土佐昭和駅を目指して歩いた。早春の四万十川の静かな流れが印象に残っている。国道381号線を歩いてた…
伊予平野駅 この旅の同行者は、同じ会社の東京本社に勤務する先輩社員のAさんだった。Aさんは鉄道友の会の会員で、鉄道に関する記事をいくつも書かれている方であった。すでに国鉄全線を完乗しており、新線が開業するとすぐに乗りに行くのが決まりになって…