HHD’s blog

線路のある風景

東海道本線を歩く(神戸から元町)

 6月に山陽本線の東加古川から加古川まで歩いてからは、猛暑の影響でどこにも出かけられないでいました。そんな日が続くとストレスがたまってきたので、どこでもいいからでかけることに決めました。ただ暑いので近場で歩く距離も短い旅を始めることにしました。今回は神戸駅から東に延びる東海道本線を歩くことにしました。もちろん東京までの全線を歩くのは不可能ですので、まずは兵庫県の最後の駅である尼崎駅までを目標にすることにしました。
 昨年の12月に神戸駅から山陽本線を歩く旅を始めてから8ケ月後に、今度は東に向かって歩き始めました。暑いので元町商店街を歩きました。アーケードはあるのですが熱気がこもっておりすぐに体に異変が発生しました。気分が悪くなり、異常な量の汗が出てきました。我慢して少し歩きましたがどうしようもなくなってきたので、目に入った喫茶店に入りました。アイスコーヒーと冷たい水を飲むと少し楽になりましたが、それでも十分に回復したとは言えませんでした。店内は空いていましたが、いつまでも居座ることはできないので意を決して店を出ました。その時店の看板をみるとこの店が「日本最古の珈琲店」であることを初めて知りました。
 店を出てからは必死で元町駅まで歩きました。あとは一刻も早く自宅に帰ることしか考え頭にありませんでした。東海道本線を歩く旅はさんざんなスタートとなってしまいましたが、体と相談しながら進めていきたいと考えています。

(神戸駅の南側からスタート)

(D51蒸気機関車が保存されていた)

(商店街の入り口)

(日本最古の珈琲店である放香堂珈琲店)

(アイスコーヒーで少しだけ回復)

(元町駅)

山陽本線を歩く(東加古川から加古川)

 歩く旅は秋まで休みにしようと考えていましたが、梅雨入りしてから急に気温が下がり歩くのに支障がないと判断し出かけることにしました。東加古川駅を出て線路沿いの道を歩きます。天気予報の通り曇りで、今日は日傘は必要ないようです。イオンの大きな建物が見えてきたので中を通り抜けることにしました。イオンを出ると国道2号線に合流、西に向かって歩きます。気温は高くないのですが湿度が高いため少し不快に感じます。45分程歩いたので「モスバーガー」で休憩しました。久しぶりに食べたモスバーガーは定番の美味しさでした。
 休憩後は2号線を離れ側道を歩いていると龍泉寺の前を通りました。掲示板に五木寛之の「生きる愁い」と題した文章が書かれていました。お寺の掲示板の「お言葉」としては少し長い文章でしたが読んでみました。
 (私たちは今どちらかというと「元気に前向きに」という感覚の時代に生きているが、本当はそれだけでなく、心に生まれてくる「暗愁」、悲しみや愁い、悩みといったものを、マイナスの思考として排除せずに、それをしっかりと見つめ、向き合うことで、生きる力を発見できるのではないか)
 暑さとの闘いがなかったので順調に歩くことが出来たので、加古川駅にはちょうど正午に着きました。加古川からは新快速電車で帰途につきました。昨年の12月に神戸駅から歩き始めた「山陽本線を歩く旅」は15回をかけて加古川駅まで到達しましたが、新快速電車は速く、神戸駅までわずか27分しかかかりませんでした。 

(東加古川駅)

(イオン東加古川店)

(モスバーガー加古川野口店)

(モスバーガーとコーラ)

(龍泉寺)

(加古川駅に到着)

倉吉線廃線跡へ行ってきました

 かつて鳥取県倉吉市を走っていた国鉄倉吉線の廃線跡へ行ってきました。今回は鉄道では不便なのでH君の車で向かいました。午前十時ごろに廃線跡観光案内所に到着しました。ここの駐車場に車を止めて廃線跡を歩きます。廃止から40年以上の歳月が経過していますがまだ線路が残っていました。泰久寺駅のホームには駅名票があり列車が来ても不思議ではない風景が広がっていました。
 泰久寺駅を過ぎると線路は竹林の中に入っていきます。日なたの道は暑かったのですが一気に気温が下がり歩きやすくなりました。私は在りし日の倉吉線には乗れませんでしたが、H君は「国鉄2万キロ全線完乗」を達成しているので懐かしかったのではないでしょうか。しばらく歩くと山守トンネルが見えて廃線跡を歩くのはここまでとなります。ただし年に数回開催されている見学ツアーに参加すればこのトンネルの中に入れるようです。
 暑かったので関金温泉湯命館で温泉につかり、お昼ご飯を食べてから帰途につきました。

(廃線跡観光案内所にあった駅名標と腕木式信号機)

(泰久寺駅ホーム H君撮影)

(松の木が線路をふさいでいた)

(竹林の中を続く線路)

(山守トンネルの前で終了)

山陽本線を歩く(土山から東加古川)

 朝から晴天に恵まれた5月の下旬の月曜日、土山駅から歩き始めました。先週、福知山線の市島駅から丹波竹田駅まで歩いた時は季節外れの暑さでバテてしまいましたが、今日は気温は高いのですが先週のじりじりと照り付ける真夏の日差しではなく、5月の日差しで時折吹く風はさわやかでした。
 約30分歩くと国道2号線に出ました。先週と同様に日影が全くない国道の歩道をひたすら歩きます。土山駅から1時間ほど歩いたところにある珈琲庵珈集で休憩にしました。古民家風の建物を改修したような店内は落ち着いた雰囲気で、客も少なく静かで良い休憩になりました。店を出て約15分で東加古川駅に到着。そろそろ歩く旅は秋まで休みにしようかと帰りの電車の中で考えました。

(土山駅からスタート)

(土山駅前の時計台)

(立派な五重塔のある圓満寺)

(珈琲庵珈集東加古川店)

(ミックスサンドとアイスコーヒー)

(店内の様子)

(東加古川駅に到着)

福知山線を歩く(市島から丹波竹田)

 前回の旅で信号故障で列車が運転取りやめになった影響で、2時間待った市島駅から約半年ぶりに旅を再開しました。この区間は本来なら12月に歩きたかったのですが、予定日が天気予報で雨の確立が高かったので行くことができませんでした。昨年のこの時期は篠山口駅の南のエリアを歩く旅だったので雨や雪の影響はなかったのですが、福知山の手前のエリアまで来ると日本海側の気候となるため雨や雪が多く、この時期は中々適当な日がないことを経験することになりました。加えて年明けの1月に肺炎にかかり体調が思わしくない日々が続いたため、距離の短い山陽本線を歩く旅は何とか継続することができましたが、最低でも4㎞以上を歩く必要のある福知山線の旅は休止状態となっていました。4月に入りようやく体調が回復したのでH君に連絡して半年ぶりの再開となりました。
  まだ5月なのに朝から気温がじりじりと上がり真夏のような気候となりました。市島駅から歩き始めましたが全く日影がない道が続き体力が奪われていきました。10分程度歩く度に休憩を入れました。今日は途中に飲食店がないため、唯一のコンビニ「ミニストップ」で昼食休憩。休憩後に再び歩きましたが強烈な日差しが容赦なく照りつけてくるのでペースが上がりません。熱中症の恐怖が少し頭をかすめましたが、H君も私も最後の力を振り絞り何とか丹波竹田の駅に到着しました。これで最終目的地の福知山まであと1駅となりましたが、この暑さの中を歩くのは危険と判断し次の福知山までの旅は秋になってからにしようと、帰りの電車の中でH君と話をしました。ただ私たちが乗った篠山口行の普通電車は、丹波大山と下滝との間で発生した野焼きによる火災のため、下滝駅で約50分停車しました。前回と同様に今回もダイヤの乱れに巻き込まれることになりました。

(市島駅の跨線橋の上からの風景)

(国道沿いのジャパンの駐車場で休憩)

(市島ー丹波竹田を走る「こうのとり」H君撮影)

(ミニストップで昼食休憩)

(丹波竹田駅に到着)

山陽本線を歩く(魚住から土山)

 天気予報のとおり早朝まで降ってた雨もあがり少しだけ青空がみえるようになりました。三ノ宮で網干行の快速電車に乗り換えます。須磨を過ぎたあたりで日が差し始めました。魚住駅のホームに降りるとひんやりとした空気を感じました。国道2号線に出るために市道を歩き始めるといきなり急な上り坂の道となりました。しばらく歩くと「魚住センターロード」に出てさらに歩くとようやく国道2号線に合流しました。ここまで約20分かかりました。2号線に出てすぐのところにある「ドトール珈琲農園」で休憩。いつものセルフサービス方式の「ドトールコーヒー」とは違って完全フルサービスの店でした。モーニングサービスの時間帯だったのでジャムトーストとアイスコーヒーのセットを注文しました。
 モーニングサービスで一息ついて2号線を歩きます。今日は先週の暑さと違い季節相応の気温なので歩くのには最適なコンディションとなりました。皿池から2号線をそれて側道を歩くと集落の中の常徳寺の前を通りました。お寺の「お言葉」が書かれていました。
明日散るを厭わず
今日を精一杯に咲く

 気候が快適だったので土山駅には12時前に到着しました。ほどなくやってきた快速電車で帰途につきました。

(魚住駅をスタート)

(ドトール珈琲農園明石魚住店)

(モーニングサービスメニュー)

(ジャムトーストとアイスコーヒー)

(皿池)

(常徳寺のお言葉)

(土山駅に到着)

山陽本線を歩く(大久保から魚住)

けふもいちにち風をあるいてきた
風のトンネルぬけてすぐ乞いはじめる
もう葉桜となって濁れる水に

 4月も下旬となり、私の好きな山頭火の三つの句の季節となりました。この句は1932年(昭和7年)4月20日に福岡県の折尾町の行乞の旅の途上で作られたものです。それから94年後の2026年(令和8年)4月20日に兵庫県の大久保駅から風を感じたいと思い歩き始めました。
 山陽本線の線路沿いの細い道を5分ほど歩くと国道2号線に出ました。今日の天気予報は曇りでしたが晴天に恵まれ気温がどんどん上昇してきて、春を通り越して初夏の気候になってきました。暑くて少しばて気味になってきたので「アロハコーヒー」で休憩しました。モーニングサービスの時間帯だったので「ワイキキモーニング」を注文しました。トーストの上にベーコンと目玉焼きが乗っておりパイナップルが添えられていました。休憩後、歩き出したのですが陽射しが強く体力を奪われることになり、歩くペースがダウンし魚住駅に到着したのは正午を過ぎていました。山頭火が放浪の旅をしていた頃のこの時期の気温は今と比べるともっと低かったのではないかと思いますが、今日は風を感じることはなく季節はずれの暑さを感じる旅となりました。

(大久保駅をスタート)

(国道2号線に合流)

(アロハコーヒー明石店)

(ワイキキモーニング)

(魚住駅に到着)

山陽本線を歩く(西明石から大久保)

 4月も中旬となり、昼間はすっかり暖かな陽気となりました。西明石の駅を出て国道2号線に出て西に向かって歩きます。この道は昔、会社員だった頃に仕事で明石消防本部に行ったことがあったので初めてではありません。約10年ぶりではありましたが記憶に残っていました。消防本部の少し手前で2号線から側道に入ります。この道は静かな住宅街で歴史を感じる古い民家と新しい住宅が混在しており、適度に調和がとれているので不思議と違和感を感じませんでした。道沿いにある常徳寺の門の壁の掲示板に「お言葉」が書かれていました。
 またひとつしくじった
 しくじるたびに目があいて
 世の中すこし広くなる

 西明石駅から約50分で大久保駅に到着。ちょうどお昼になっていたので大久保駅に隣接する商業施設「イオン明石」の中にあるサイゼリヤでハンバーグのランチを食べて満腹になりました。

(西明石駅)

(2号線から側道に入る)

(閑静な住宅が立ち並ぶ側道)

(常徳寺の「お言葉」)

(大久保駅に到着)

(サイゼリヤで昼食)

山陽本線を歩く(明石から西明石)

 肺炎が回復したので福知山線の旅を再開しようと同行者のH君に連絡し日程も決めていたにもかかわらず、クリニックの検査で又CRPの値が上がっていることがわかりました。仕方がないのでH君に連絡し延期にしてもらいました。その後中央市民病院でCT検査をしても異常がなく原因は分かりませんでした。ただ体の調子は良いのでいつまでも病院通いだけの生活ではストレスがたまり何の楽しみもない人生を送るのは残された時間を考えればもったいないと思い、距離の短い歩く旅を再開することにしました。
 いつの間にか4月になりすっかり春の陽気となりました。三宮で新快速電車に乗り換えました。明石までの道のりは去年の12月から9回にわたり歩いた区間ですが、新快速電車は神戸駅からわずか12分で明石駅に到着しました。約1月ぶりに明石駅からスタート。いつものように国道2号線を西に向かって歩きます。国道沿いにある小学校の桜が満開になっていました。今は春休みですがもうすぐ新学期が始まることと思いますが、東京で小学校の教員をしている息子は新学期から5年生の学年主任になるようです。春休みは新学期の準備で大忙しとのことでした。
 しばらく歩くとゆるやかな上り坂が続きました。大した坂ではないのですが距離が長く少しばてましたが、JRの線路をまたぐと平坦な道となりました。約4㎞の行程を1時間程度で西明石駅に着くことができました。足が疲れたので駅ビルの中にあるパン屋さんで休憩し帰途につきました。

(明石駅からスタート)

(小学校の桜は満開)

(山陽電鉄西新町駅)

(西明石駅に到着)

(エピシエールで休憩)

(サンドイッチとアイスティー)

 

山陽本線を歩く(朝霧から明石)

 3月に入ったのに寒い日が続いている週明けの月曜日、朝霧駅からスタート。いきなり登り坂になりましたがすぐに終わり、今度は急な下り坂となり、足が少し痛くなりました。山陽電鉄大蔵谷駅の地下通路をぬけて国道2号線に出るとあとは一本道となりました。40分ほどで明石駅に到着、駅前の商業施設「明石パピオス」にある「そじ坊」でざるそばを食べました。
 体が回復してから歩くのは問題のないことが分かったので、次は福知山線の残りの区間である市島→丹波竹田→福知山に挑戦したいと考えています。


(朝霧駅からスタート)

(坂の上から見えた明石海峡大橋)

(2号線を西に向かい歩く)

(休天神社)

(そじ坊明石パピオス店)

(最初に写真を撮るのを忘れて少し食べてしまいました))

(明石駅に到着)