HHD’s blog

線路のある風景

トーストとコーヒー

 「最近、昼は毎日トーストとコーヒーにしているんや」

 父がぽつりと言った言葉が今でも私の記憶に残っている。砂を噛んでいるようで気持ちが悪いと言って朝食にトーストを食べるのを嫌っていたのに、どうして食べるようになったのか私は不思議に思ったものだった。かくゆう私も50歳を過ぎた頃から昼食はパンにすることが多くなった。バターをたっぷりとぬったトーストは旨い。父もこの味に引き込まれていったのだろうか。

 私がまだ現役の会社員だった50代の頃の昼食時のトーストとコーヒーの味がほろ苦い思い出として今も私の頭の隅で生き続けている。

 神戸駅前のビルの2Fにあるコーヒーショップは、人があまり多くなく静かなので昼休みをゆったりとした気分で過ごすことができる私のお気に入りの場所だった。いつもの目玉焼きがついたトーストセットを食べながら父のことを考えた。大学卒業までなに不自由ない生活ができたのも父が頑張って働いてくれたからだった。私は障害者として当時の会社に契約社員として入ったが、正規雇用者との不条理な差別待遇など、どこにもぶつけることができない怒りを抑えきれなくて、何度も辞めようと考えたがその都度思いとどまってきた。当時、高校生だった息子に不自由な思いをさせたくなかった。私の都合で大学への進学をあきらめることだけは絶対にさせたくなかった。トーストはまるで砂を噛んでいるような味がした。

 
 神戸駅のホームに入ってくる新快速電車を眺めながら、久しぶりに神戸駅前のコーヒーショップに入る。目玉焼きの付いたトーストセットを食べながら、父のことを考える。父も会社勤めがつらいときがあったのだろうか。多分あったのだろうが、私や家族のためにがんばってくれたのだろう。父はどんなことを考えながら昼食のトーストを食べていたのだろうか。
 窓の外の木々が穏やかな風に揺れている。何気ない平凡な人生の一コマが父から私へと世代を越えてつながっているのを実感する。ぼんやりと窓の外の景色を見ながらコーヒーを飲む。いつになく苦い味が口の中に広がった。

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