HHD’s blog

線路のある風景

長時間透析と海芝浦駅

 今から7年ほど前のこと、横浜にすごい透析クリニックがあると聞いて実体験することになった。早朝に新神戸駅から新幹線に乗った。桜木町駅から徒歩10分ほどの場所にあるクリニックはいつもの見慣れた大部屋の透析室ではなく、ブース型の個室のみの構造で、シティホテルに来たような錯覚を覚えた。周りの患者の視線を気にすることもない快適な環境での6時間といった私にとっては初めての長時間透析が始まった。
 透析が始まってしばらくすると、スタッフの人が来て昼食のメニュー表を見せてくれた。20種類以上の弁当のメニューがあり、どれにするか迷ってしまった。そして昼食時には飲み物のサービスがあり、スタッフの人がワゴンに載せた紙コップに入った飲み物を各部屋の患者に配るといったサービスがあった。ここまで来るとクリニックではなく飛行機の機内サービスを受けている気分になった。
 いつもより2時間も長い透析であったが、苦痛を感じることはなかった。そして、透析患者にとって生涯に渡って続けていかなければならない透析を、快適な環境で行うことの持つ意味の大きさについて考えさせられる透析体験となった。


 快適な6時間透析を終えてクリニックを出るとすでに時刻は午後5時前だった。私にはこれから行く予定のある場所がある。それは鶴見線の終着駅である海芝浦駅だった。
 私が好きな鉄道紀行作家である宮脇俊三さんの著作でたびたび登場するのがこの鶴見線だった。宮脇さんの著作「鉄道旅行のたのしみ」によると、鶴見線は「自然と徹底的に無関係な線である。しかし不思議な雰囲気につつまれていて一種の旅情さえ醸し出している」そして首都圏に住んでいる人であれば「旅行に行きたいが時間も金もないとなげく人には、ぜひ鶴見線をとすすめることにしている」との記述があった。私はずいぶん前にこの本を読んでからずっと気になっていた路線であったが、あいにく私は関西在住なので、気軽に乗りに行くことのできる線ではなく、鶴見線に乗るためだけに旅に行く気にはなれなかった。そして今回、透析とのセットといった予期せぬ組み合わせとなったが、ようやく鶴見線に乗る機会に恵まれたのだった。

 京浜東北線鶴見駅まで行き、自動改札を通って鶴見線の発着する専用ホームに行くと、土曜日の夕方といったこともあってか人は少なく閑散としていた。ほどなく3輌編成の電車が入線。この電車が折り返しの海芝浦行となる。鶴見を出ると下町の雑然とした住宅街を走り、やがて工業地帯に入り浅野駅に到着。この駅を出ると電車は運河に沿って走る。宮脇さんの著書の中で「オランダのロッテルダムに来たような錯覚をおぼえた」と書かれた車窓風景が続く。私はロッテルダムに行ったことはないが、何となくそんな雰囲気に見えてくるから不思議だった。ちょっとした異国情緒に浸っているうちに電車は終着の海芝浦駅に到着した。1面だけのホームの先は東芝京浜事業所の敷地で、一般の人は入れない。
 何もすることがないので無人のホームにたたずむ。夏の夕暮れ時の京浜運河からの風が肌に心地よかった。

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