紀伊井田駅
この当時、天王寺発、新宮行の普通夜行列車が走っていた。私が乗った少し前まではこの列車には「はやたま」といった愛称が付けられて、普通車両だけでなく寝台車も連結されていた。私が乗ったときは寝台車は廃止され、列車の愛称名もなくなっていた。この日は土曜日ということもあり、車内は混んでいた。しかし、串本で魚釣りに行くおじさんたちが下車し、那智で神社に参拝に行くおばさんの団体が降りてしまうと、車内は閑散としてやっと4人掛けのボックスシートを独占して眠ることができた。しかし、機関車の運転士の技術が未熟なのか、列車が発車する際に連結器がガシャンと鳴る大きな音と振動のため何度も目が覚めた。
まだ夜が明けていない終着の新宮駅に着き、真っ暗な駅前通りを紀伊井田駅を目指して歩き始めた。熊野川にかかる大きな橋を渡る頃に、ようやく空がしらみ始めた。ほどなく海が私の目の前にあらわれた。南紀の青い海だった。私は夜行列車の疲れも忘れてしばし海を見ていた。旅の感動のようなものがこみ上げてきたのを今でも覚えている。