HHD’s blog

線路のある風景

雪景色と列車

 列車の窓から雪景色を眺めるのはいいものである。冬の旅の醍醐味ともいえる。急に雪を見たくなって出かけた旅があった。
 
 1986年1月15日。大阪駅から特急「雷鳥」に乗った。湖西線蓬莱駅を通過したあたりから車窓に積雪が見られるようになった。敦賀を出て北陸トンネルを抜けると雪はさらに深くなった。小松駅で各駅停車の電車に乗り換え、美川駅でおりて次の加賀笠間駅に向けて歩き始めた。道路はきれいに除雪されていたがあたりはすべて白一色の世界だった。1時間ほど歩いて加賀笠間駅に着いた。少し寒かったが私はホームで電車を待った。向かいのホームにある駅名標が半分積雪で埋もれていた。大阪では見ることができない風景だった。しばらくするとホームに各駅停車の電車が入ってきた。ホームは寒いが車内は暖房が効いていて暖かい。窓際に座っている乗客の一人が無防備に大きな口を開けて寝ていた。私の隣で電車の発着を見届けていた駅員さんが私の方を見てニャッと笑って「気持ちよさそうに寝とるな。」と言った。寒い雪国の駅だったが私は何となく温かい気持ちになってこの電車に乗り込んだ。

 車窓からみる雪景色は良いものだが、私のこれまでの人生で苦い経験をした雪景色の思い出がある。それは大学入試の日に降った大雪だった。当時の天気予報は今ほど精度は高くなかった。前日の天気予報では雪が少し降る程度とのことだった。しかし翌朝、雨戸を開けると外は一面の雪景色だった。これから京都の大学まで行かなければならなかった。神戸電鉄の窓からみえる景色はいつもと違って白一色の世界だった。普段であればきれいな景色に見えたのかもしれないが、私は時間が気になって景色を楽しむ余裕などなかった。それどころかこんな人生で大切な日にどうして大雪が降るのか恨めしかった。幸い神戸電鉄の遅れは大したことはなかったが、阪急電鉄のダイヤが大幅に乱れていた。十三の駅のホームでなかなか来ない京都行の特急電車を落ち着かない気持ちを抑えながら、無情に降り続く雪を眺めているしかなかった。京都の大学に着いたときには試験開始時間を過ぎていたが、幸いなことに大雪のため試験時間が繰り下げられており、私は何とか試験を受けることができた。

 大雪の降った大学入試の日から30数年後、息子が私の第一志望であったあの京都の私立大学に合格した。息子にとってはこの大学は滑り止めの学校だったので、私に合格通知書をプレゼントしてくれた。あの時、私に届かなかったたった一枚の紙を私はいつまでも眺めていた。
 ふと窓の外に目をやると粉雪が舞っていた。そして雪は少しづつ激しい降り方に変わっていった。その雪の中を阪急電車が警笛を鳴らしながら走り去っていくのが見えた。

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